倉吉のトンネル内、5月の腰痛と向き合いながら考えること
鳥取県倉吉市でスイカを栽培していると、5月から6月にかけてのトンネル内での作業は、まさに体力と気力の限界を試される時間です。定植から受粉にかけて、腰を深くかがめた無理な姿勢のまま、伸びてくる子づるや孫づるを整理し、交配位置を整える「わき芽とり」と「つる引き」作業を2〜3回繰り返さなければなりません。
連日の屈み作業による腰痛や膝への負担は、ベテラン農家の離農を早める最大の要因であり、新規就農者が最初にぶつかる過酷な壁でもあります。さらに近年は、土壌伝染性の「スイカつる割病」や、着果後に株全体が一気に枯れ上がる「黒点根腐病(急性萎凋症)」のリスクが重なり、収穫直前まで気が抜けない状況が続いています。
そうした産地の切実な課題に応えるべく、地元・鳥取県東伯郡北栄町にある鳥取県園芸試験場の野菜研究室が画期的な技術と新品種を打ち出しています。それが、整枝の手間を劇的に減らす「スイカ無つる引き栽培法」と、強固な耐病性とつる持ちを誇る共台(スイカ台木)新品種「台じょうぶ」です。
鳥取県中部を代表する大栄西瓜・倉吉西瓜の産地維持において、この2つのイノベーションが現場の農家個人にどのような恩恵と課題をもたらすのか、公表された実証データをもとに検証します。
データで見る「無つる引き栽培」と「台じょうぶ」のスペック
鳥取県園芸試験場が公表した試験成績によると、作業性と病害抵抗性において極めて明確な数値成果が示されています。
1. スイカ無つる引き栽培法(省力整枝技術)
- 技術概要: 従来の「つる引き(つるを折り返して配置を揃える過酷な作業)」を行わず、わき芽とりを行いながら畝に対してつるを平行に誘導し、空いたスペースにつる先が自然に広がる習性を利用してそのまま受粉させる技術。
- 省力化効果: 慣行栽培と比較して、つる管理にかかる作業時間を11%〜35%削減(鳥取県「新しい技術」第56集報告)。
- 品質・収量: 慣行と同等の果実肥大、糖度、収量を維持。
- 産地での普及: 大栄西瓜産地等では、省力化の「無つる引き栽培」の実施割合が9.7%から15.5%へ拡大し、多収化を図る「3果穫り栽培(実施率16.4%→24.4%)」との組み合わせによって、産地100万玉の維持・回復シミュレーションの柱として位置付けられています(農林水産省 普及事例報告)。
つる管理は、どこまで短くなるか
いまのやり方(169分)を1本の棒とし、残った作業と減った時間の内訳を示す
慣行のつる管理は、わき芽とりが約4分の3、つる引きが約4分の1です。だから「つるを折り返す作業」をやめるだけだと16%減が上限に近く、2回目のわき芽とりも省くと30%減まで縮みます。
※2015年試験では慣行160分→無つる引き104分(35%減)。場内実証では作業者により11〜26%減、不慣れな場合は短縮にならない事例もありました。公式の削減幅は11〜35%です。
出典:鳥取県「新しい技術」第56集「スイカのトンネル栽培における整枝作業の改善~無つる引き栽培法による省力化~」(2017年組合せ試験、トンネル20m)をもとに作成
無つる引きは「つるを折り返す過酷な工程」を省く技術ですが、慣行のつる管理時間の約4分の3はわき芽とりです。場内試験でも、無つる引き単体より省力整枝との組み合わせの方が削減幅が大きく、作業に慣れるまで効果が出ない事例もありました。まずは1棟・数畝で実測し、自分の作業ペースに合うかを確かめるのが安全です。
大栄西瓜産地における省力・多収技術の実施率
令和6年(前年)と令和7年の実施生産者割合(%)
省力の「無つる引き栽培」は9.7%から15.5%へ、多収の「3果穫り栽培」は16.4%から24.4%へ拡大しました。3果穫りでは慣行2果穫りと同等の着果率(90〜93%)を保ちつつ、収量は約1割多いと報告されています。
無つる引き栽培
省力(つる引き省略)3果穫り栽培
多収(慣行は2果穫り)※栽培面積・出荷玉数のシミュレーションでは、無つる引きの普及で面積は横這い、3果穫りの増収効果で令和8年から100万玉超が試算されています。
出典:農林水産省 普及指導活動事例「大栄西瓜100万玉産地の維持・発展支援」(令和7年度)をもとに作成
大栄西瓜産地では、省力技術と多収技術が同時に広がっています。戸数が減っても面積を維持し、3果穫りで玉数を戻す、というのが100万玉維持の計算です。倉吉のトンネル栽培でも、無つる引きで身体の余裕を作り、条件の良い畝から着果数を増やす、という段階的な導入が現実的です。
2. スイカ共台新品種「台じょうぶ」(品種育成)
- 育成背景: 県が収集した野生スイカ系統を基に、2010年の交配と以降の自殖選抜(8世代)を経て2018年に形質を固定。2022年12月に品種登録出願された鳥取県オリジナルの共台品種(出願番号 第36587号/鳥取県園芸試験場成果情報)。
- 病害抵抗性: スイカつる割病に高度な耐病性を示し、黒点根腐病の汚染圃場でも急性萎凋症状の発生がほとんど認められない。
- 収量・果実特性: 既存台木「どんなもん台」と比較して、着果後の草勢維持に優れ、収穫までのつる持ちが良い。収穫果実は3L(8.0〜9.5kg)中心の大型階級が多く、空洞果・うるみ果の発生率は同等。果実切断時の割れ(裂果)が少ない。
- 食味評価: 伏せ名パネルテスト(園芸試験場職員29名)において、糖度・食味評価は既存台木と同等。
- 導入目標: 鳥取県中部スイカ産地を普及対象とし、急性萎凋症対策の一環として「台じょうぶ」の導入が進められています(鳥取県園芸試験場 成果情報・現地適応性報告)。
共台「台じょうぶ」の急性萎凋抑制効果
既存台木「どんなもん台」との萎凋症程度・発生率の対比
黒点根腐病汚染圃場では、台じょうぶの萎凋症程度は2か年とも4にとどまり、どんなもん台の56〜92を大きく下回りました。連作で急性萎凋が多発した現地ほ場Aでも、発生率は100%から22%まで抑えられています。
汚染圃場 2021年
萎凋症程度(0健全〜100甚)汚染圃場 2022年
萎凋症程度(0健全〜100甚)現地ほ場A(2020年)
収穫前の萎凋発生率※根部調査では台じょうぶでも感染が確認されています。菌密度が高まると地上部へ症状が出る可能性があるため、品種切替だけで土壌消毒や排水対策を省略しないでください。
出典:鳥取県園芸試験場成果情報「スイカ共台新品種'台じょうぶ'」「スイカ共台新品種'台じょうぶ'の現地適応性」をもとに作成
汚染圃場・現地ほ場のいずれでも、台じょうぶは収穫直前の「バタリ」を大きく抑えています。一方で根への感染自体は確認されており、連作を続けるほど菌密度は上がります。被害履歴のある畝から優先導入しつつ、土壌消毒・排水・有機物施用は従来どおり続ける必要があります。
台じょうぶ接ぎ木果実の階級構成(現地ほ場A)
可販果実の階級割合(特〜L以下)
急性萎凋が多発した連作ほ場でも、台じょうぶ接ぎ木の収穫果実は3L(8.0〜9.5kg)が最多の39%。特+4L+3Lで72%を占めます。同じほ場のどんなもん台はL以下が53%、3L以上は21%でした。
- 特(11kg以上) 11%
- 4L(9.5〜11kg) 22%
- 3L(8.0〜9.5kg) 39%
- 2L(7〜8kg) 17%
- L以下(7kg未満) 11%
※平均果重は台じょうぶ9.1kg、どんなもん台7.2kg。階級割合は空洞果を含めて算出されています。
出典:鳥取県園芸試験場成果情報「スイカ共台新品種'台じょうぶ'の現地適応性」(2020年ほ場A、穂木「祭ばやしRG」)をもとに作成
草勢が収穫まで持つことで、同じ連作ほ場でも階級構成が3L中心に寄ります。箱単価は階級で変わるため、萎凋回避だけでなく売上の下支えにもなります。糖度・食味は既存台木と同等(伏せ名パネル29名)なので、「病気に強い代わりに味が落ちる」トレードオフではありません。
現場の農家個人にとっての「プラスとマイナス」
地元試験場が開発したこの技術体系は、私たち現場の栽培者にとってどのような利点と注意点があるのでしょうか。
プラスの影響:農繁期の身体負荷軽減と後半の秀品率安定
- 腰痛リスクの低減と管理可能面積の拡大
つる管理作業が1割から3割強短縮されることは、単なる「時短」にとどまりません。体力的限界から規模拡大を諦めていた農家が作付けを維持でき、高齢農家でも無理なく営農を継続できる身体的メリットがあります。 - 収穫直前の「バタリ(急性萎凋症)」による全滅リスクの回避
丹精込めて育てた果実が、収穫直前の高温や長雨後に一斉に萎れる被害は、1年分の努力と売上を一瞬で奪い去ります。「台じょうぶ」の持つ強い根張りと耐病性は、異常気象下での経営のセーフティネットになります。 - 果実肥大と階級アップによる売上向上
草勢が収穫期まで維持されることで、肥大が鈍る終盤でも3L・4L比率が高まり、箱あたりの出荷単価向上につながります。
マイナスの影響:初期の草勢見極めと連作への過信
- つる引きをしない配置感覚への慣れが必要
従来の几帳面につるを揃える整枝に慣れた生産者ほど、「つる先が暴れるのではないか」「着果節位を見失うのではないか」という心理的抵抗が生じます。畝方向への初期誘導と、トンネル内の空間把握に最初の1作は慣れが必要です。 - 耐病性品種への過信と土壌消毒の省略リスク
試験場報告でも明記されている通り、「台じょうぶ」であっても黒点根腐病菌の感染自体がゼロになるわけではありません。菌密度が高まれば発病するリスクがあるため、品種変更を理由に土壌消毒や排水対策、有機物施用を怠れば連作障害を再発させます。 - 台木切り替え時の接ぎ木親和性と種子コスト
穂木品種(「祭ばやし777」など)との接ぎ木作業性や活着率は良好とされていますが、種子単価の変動や育苗初期の温度管理など、自農場での最適な育苗プロセスの微調整が求められます。
現場の農家が今すぐ起こすべき3つのアクション
来シーズンの作付けに向けて、現場で今から準備しておくべき具体的な行動指針は以下の3点です。
- 自農場の「つる割病・萎凋症」の発生履歴を圃場ごとに棚卸しする
今年および過去数年の作付けで、収穫前に萎れが出た畝や圃場を特定してください。被害履歴のある圃場を優先的に「台じょうぶ」の導入候補区画としてリストアップし、JAや種苗店に早めの台木種子・接ぎ木苗の手配相談を入れておくべきです。 - 「1棟・数畝」から無つる引き栽培のテスト区画を設計する
全面積を一気に切り替えるのではなく、ハウスの端の1棟やトンネル数列を「無つる引き試験区画」として設定し、作業工数の実測と着果率の差を比較検証する計画を立ててください。 - トンネル内畝の「高畝成形とマルチ幅」を再確認する
つるを畝に平行に自然伸長させるためには、つる先がマルチからはみ出て泥跳ねや冷気に触れないよう、適切なベッド幅と平坦な高畝成形が不可欠です。冬場の土作り・耕起段階で整地精度を高めておくことが春の作業性を左右します。
私たちが開発する「農業日誌」でできること
省力技術や新品種を導入する際、最も重要なのは「本当に作業時間が減ったのか」「秀品率は上がったのか」を数値で実証することです。
私自身が倉吉の圃場で使いながら開発を続けている営農支援アプリ 「農業日誌」 (公開サイト: 「みえる畑」 )では、スイカ栽培の現場を支える以下の機能を実装しています。
- 圃場・畝ごとの台木品種と作付区画管理(
/fields)
「第1圃場のA〜C畝は台じょうぶ、D〜E畝は従来台木」といった品種・台木の組み合わせをGPSマップと連動してピン留め管理。収穫期まで台木の違いを現場で瞬時に識別できます。 - 作業記録と工数レポートによる「省力化の見える化」(
/tasks,/task-records-report)
整枝、わき芽とり、受粉作業にかかった時間を区画ごとにストップウォッチ感覚で記録。期間ごとの実績レポートにより、「無つる引き区画で実際に作業時間が何時間削減できたか」を客観的なデータとして検証できます。 - 交配日・着果節位の写真・音声メモ記録(
/tasks)
交配作業時に、花の位置や日付ラベルをスマホの写真と音声入力で即座に記録。積算温度の計算と組み合わせることで、適期収穫の判断を狂わせません。 - 環境センサーによるトンネル・ハウス内の温度モニタリング(
/sensors)
市販の安価な温湿度センサーと連携し、トンネル内の急激な温度上昇や夜間の冷え込みをリアルタイム監視。換気穴開けやビニール裾上げのタイミングをデータで判断し、初期のつる伸びすぎを防ぎます。 - 台木種子・資材レシートのAI解析と原価管理(
/purchase-orders,/accounting)
新品種台木の購入費用やトンネル資材の領収書をスマホで撮影するだけでAIが自動解析し、仕訳を生成。台木変更に伴うコスト増と、収穫時の果実階級アップ(3L比率増)による増収効果を1円単位で突合できます。
まとめ
過酷な屈み作業からの解放を目指す「無つる引き栽培法」と、産地の土壌病害リスクに立ち向かう「台じょうぶ」の育成は、まさに鳥取県園芸試験場が長年の現場研究から導き出した大きな成果です。
経験や我慢に頼る農業から、優れた育種技術と省力体系、そして日々の作業データを味方につけた持続可能な営農へ。まずは自農場の1区画から、新しいスイカづくりの可能性を試してみてください。